NextCloud と Finder

研究室でずっと ownCloud というクラウドストレージ的なものを運用してきた (サーバが自分の部屋にあるのにクラウドというかは別として) のですが、ずっと PHP 7.4 のみサポートで、そろそろ PHP 8.x の時代なのでどうしよっかな、と思っていました。で、ownCloud からフォークした NextCloud というのがあり、基本的には移行が可能、みたいなことだったので、お引っ越しした。まあ、移行の話はまたあとで。

それで、フォークしたプロジェクトなので、なんとなくownCloud のdesktop clientのままでも使えるんだけど、やっぱり危ない気がするのでNextCloud desktop clientを入れたら、Mac の Finder に同期ステータスアイコンがでない。こういうやつ↓

ちょっと調べてみると、Sync Status Icon disappear on MACとかそういう話題は出ていて、僕も Google Drive を学科で使っているので、それかな、と思った。Google Drive のクライアントを終了したとたんに同期ステータスアイコン出たよ、で、そのあと Google Drive を起動しても消えたりしないので、起動する順番が大事っぽい、まあ、めんどいけど。よかった。

沖縄から引っ越すことになったらHOWTO

沖縄に引っ越すことになったらHOWTO というのを書いたのが2013年のちょうどいまごろ。実際に引っ越したのは2011年だったので、それよりだいぶ前なのですが。

それで、12年ほど勤めた琉球大学を辞して、熊本大学に移ることが決まったのが今年の1月。どこかに移ろうか、という話はずっと前から妻ともしていて、あちこち教員公募を受けたりしていたのですが、やっと決まりました。それで、4月着任なわけですが、うわーどうすんだよ、ということで、前回の経験をもとにいろいろどたばたどたばた。

とりあえず仕事が始まっちゃうので、僕だけ熊本へ行く、ということにして、まずはコンテナの確保です。前回の東京→沖縄のときには沖縄輸送サービスさんにお世話になったので、今度はどこだろ、と思って、とりあえずあちこち電話してみたところ、沖縄発なので沖縄の会社が窓口になるようで、沖縄急送さんに引き受けていただくことになりました。

12年たつといろいろ変わっているもので、一回電話したあとはその担当者さんと電話ではなくメールでのやりとりになっており、いろいろ細かく教えていただけてとても助かりました。搬出から搬入までの間に出張が3件も入っており、その間にコンテナは九州入りしてしまうのでどこかへ留め置きしていただくようにお願いしたりとか。九州でのご担当は共進組さんでした。積み下ろしはドライバーさんに手伝っていただいて、あとは僕と学生さんたちで。費用は大学から大学までで15万ちょっとでした。

さて、前回は blog を見ると段ボールが50箱くらいだったようですが、今回は100箱を軽く超えています。前回はわりと、研究室にためてあった(いろいろな大きさの)段ボールを使ったのですが、これだと積むのが大変、というのを学んだので今度はサーバとかの特殊機器以外は基本的に2種類くらいの段ボールで梱包することにしました。買ったのはモノタロウの書類整理箱と、アスクルで買ったわりとでっかいやつ。書類整理箱はそもそも書類詰め込むための箱なので、書籍を詰めても大丈夫ですし、後者はフトンとか衣類とか、あと箱のないデスクトップPCとかを入れるのに使いました。iMacはそれ用の段ボールがAmazonで手に入った。

しかし、どうしたって最終的に7種類くらいの箱のサイズになるわけで、コンテナに収まるのかとか、どうやって積み上げるのか、とかを考えなければなりません。これ、3次元パッキング問題だし自分でプログラム書くの大変じゃね…? って思ったら、ちゃんとあるんですね、Vanning-Master Cloud 。これに段ボールのサイズとか重量を入力してやると、このとおり。

で、概ねこのプランに沿って積み込んでいきますが、どうしても誤差が出るので、最終的なところはプロにお任せすることになります。もとの図だと左手が低いので、これだと海上でコンテナ内の荷崩れのリスクがあるしね。積み込みは研究室の学生さんたちと、通りがかった技術職員さんたちにもお手伝いいただきました、ありがとうございました。

コンテナが九州へ向かっている間にぼくは東京、筑波、御前崎、と出張で、そのまま熊本へ。熊本大の学生さんたちにお手伝いいただきながらコンテナの中身をとりあえず全部大学に下ろして、研究室の荷物はとにかく研究室に詰め込み、自宅へは軽バンで2往復。その合間にリモートで最後の教授会。

その晩はどっち向いて寝ても全身痛くて眠れない、みたいな感じでした。がんばった。でも家具とかのことを考えなければコンテナ借りちゃうの、すごく安くていいですね。あと、積み付けのシミュレーションができるのは本当にすごかった。またいつかお世話になるかもしれない・・・?

フェリー波之上

12年前の春先、僕はひとりで東京から沖縄へ渡りました。沖縄へは数えるほどしか(それも旅行ではなく学会で)行ったことがなかったし、沖縄県民になるなんて思ってもみなかったのです。それが琉球大学工学部にお招きいただくことになり、翌年にはまた思いがけず結婚することになって、妻が海を越えて島にやってきました。それから、海沿いの小さな集落に引っ越して、そこで子供たちが生まれたり。そんなこと、夫婦のどちらも考えもしなかったけど、一度しかない人生、つねに冒険旅行であるべきだ、と思うのです。

それで、そろそろどこか次のところへ行くのも悪くないね、と、あちこち次の職場を探してきましたが、熊本大学に採用していただけることになったのがこの年の初め。それから研究室を片付け、自宅を片付け、荷物をコンテナに詰めて九州へ送り、最後は車をフェリーに乗せて鹿児島へ渡ります。那覇と鹿児島はフェリーでだいたい25時間、一隻のフェリーが往復すると4日おきの運航になり、マルエーフェリーとマリックスラインで各2隻がローテーションで毎日運航になっています。

年度末だったこともあり、フェリーは大変混雑していて車両航送の予約がとれるのは1日だけ。那覇港を7時に出港なので、6時には埠頭にいなければ、ということで、朝3時くらいに起きて那覇へ。那覇から乗る人数はそれほどでもなかったけれど、出航前になるとフォークリフトが慌ただしく走り回ってコンテナを積み、僕らはその合間に誘導されてそれぞれ所定の位置に車を載せます。

午前7時、船が港を離れると意外なほど速く、那覇をあとにします。旅行の人もそれなりにいるけど、僕とおなじように島を離れるのかな、という人もちらほら。船尾で泣きそうになっちゃったり、泣いていたり。船はね、いいよね。

本部、与論、徳之島、沖永良部、奄美大島、と、各駅停車で鹿児島に向かうけれど、3月の終わりなので、島の学校を離任する先生や就職する卒業生の見送りで、どこの港もいっぱい。そのたびに船上の僕らもうるうるする。みんな、愛されているなあ… その脇でわーっとフォークリフトが集まってきてコンテナを乗せたり下ろしたり、車も乗ったり降りたり。荷役は見ていて飽きなかったです。

夜、奄美大島を出ると船内の照明も落ちて、そのあとは鹿児島までノンストップ。目が覚めると左舷に開聞岳がみえて、やがて右舷に桜島。

船はその速さも、揺れ方も、世界から隔絶される感じも(最近は Wi-Fi もとんでるし、けっこう携帯電話もつながったけど)いいよね。次は妻の車をのっけて、またフェリーで渡るか。