中央構造線サイクリング大会、もしくは僕と南信州 (その 0.2)

| No Comments | No TrackBacks

そんな訳で、ちょくちょく南信州に通うようになった高校時代。

まだ夜行列車もたくさん走っていた時代で、東海道線の大垣行きや、中央線の急行「アルプス」、それから「ちくま」に、ずいぶんお世話になった。いつも予定なんかなかったけれど、夜、ふらっと駅に行けばいつでも信州へ行く列車に乗ることができて、それに乗ればいつでも信州へ行ける、というのは、なんだか不思議な安心感だった、と思う。

疲れた時に、新宿駅西口から出て行く、駒ヶ根ゆきや飯田ゆきの高速バスを見て、ああ、まだあれには乗らずに、もうすこし頑張ろう、とか思える、というのは、なんだか不思議な感覚だけれど、今でもそれが僕を支えてくれているのは紛れもない事実。別に自分の実家がある訳でもなんでもないけれど、ただ、そこに帰るところがある、というのは、ものすごい力になるんだな、と思う。

exhibit39_2.bmp

僕はまだ観たことがないのだけれど、「駅 STATION」という映画がある。それを撮った降旗康男監督が、もう廃刊になってしまったJTBの「旅」という雑誌に書いておられた言葉を、僕は一生忘れないと思う。「駅は、ジャンプ台なんです。いつもそこにあって、都会へ飛び出していくことができる」と。ジャンプ台であると同時に、いつでもそこに戻ることができる、という、チェックポイントでもあって、それはとても大切な心の支えなんじゃないだろうか。

それで、

年に6回程南信州に通い、
毎回5本くらいのフィルムを消費して、
僕は何かを探していたのだ、と思う。

exhibit18_2.bmp

写真を真剣に撮り始めた理由というのはおそらく、
ここが自分の故郷なのだ、ということを認識したからで、

汽車旅が好きだとかそういうのは、
きっと表向きの理由だったんだろうな、と思う。

僕は死ぬ迄此処にいる、と、叫びたかった。たぶん。

それで、
カメラを持って、列車を追いかけて線路脇を歩き続ける、
という日々に別れを告げて、
カメラを持って、上伊那をひたすら歩く、
ということを、ずっと続けよう、と思った、そんな、高校生最後の冬。

あ、写真は、夏だけれど。

exhibit36_2.bmp

そうして僕は、国道153号や、県道18号を歩きはじめた。

No TrackBacks

TrackBack URL: http://yasu2.prosou.nu/mt/mt-tb.cgi/2024

Leave a comment

OpenID accepted here Learn more about OpenID
Powered by Movable Type 5.02

August 2010

Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

About this Entry

This page contains a single entry by Yasunori Osana published on July 29, 2009 12:53 AM.

中央構造線サイクリング大会、もしくは僕と南信州 (その 0.1) was the previous entry in this blog.

おもひでぽろぽろ is the next entry in this blog.

Find recent content on the main index or look in the archives to find all content.